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巻頭コラム No.142


  全国に13ある国立ハンセン病療養所の一つである星塚敬愛園(鹿児島県)を訪ねて きた。お会いしたのは、今年93歳になる玉城シゲさんだ。ただし本名は茂子さん。 入所者たちは強制的に偽名を名乗らせられる。シゲさんは20歳の時に敬愛園に収容された。 つまりこの施設で73年間を過ごしてきた。

入所して二年後に、シゲさんは年上の入所者と結婚した。 やがて妊娠したけれど堕胎手術を受けさせられ、引き出された7ヵ月の女の子は、 医師や看護師たちに鼻と口を濡らしたガーゼで押さえられ、手足をバタバタさせながら目の前で死んでいった。

その後しばらく母乳が出続けて、そのたびに辛くて泣いていた。父親は断種手術を強制された。 その子の遺体は、施設内の研究施設の棚に、ずっとホルマリン漬けにされて置かれていた。

前近代の話ではない。この国は1996年まで、強制隔離や断種手術の法的根拠とされてきた「らい予防法」が存続していた。 ハンセン病はきわめて伝染力が弱く、特効薬であるプロミンが1943年に開発されて世界中で隔離政策をとる国がほぼなくなってからも、 日本の絶対隔離の方針は変わることなく、元患者たちの社会復帰は許されなかった。今だって差別は消えていない。

ここにはこの国の歪みの根源がある。 弱者を虐げ、集団に身を任せ、見るべきものや知るべきことから目をそむけるこの国の負の要素が、すべて凝縮されている。

いきなり訪ねた僕にシゲさんは、冷蔵庫から取り出したリポビタンDをくれた。 その後に訪ねたもうひとりの入所者の方も、やっぱりリポビタンDを冷蔵庫から出してきた。 呑みながら切なかった。悔しかった。そして申し訳なかった。

2011.11.02 森達也   

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— 6 months ago